不足の美。
我々日本人の持つ美意識の背景には、不完全で簡素なものに風情を感じるところがある。
西洋の美が、完璧さや華麗さを求めているところに、対称的である。
今回のインタビューを通じて感じたのは、不足の美に対する畏敬の念が、この家づくりの通奏低音となっているということ。
音楽でも、「余韻」がその美しさを引き立てる大切な要素とされるが、楽器演奏の愛好家でもある施主だからこそ、なおさら、美に対する日本人の繊細な感覚をお持ちなのだろうと思った。
今回は、秦野市郊外の静かな住宅街にあるN様邸を訪問し、建築当時の思い出を語ってもらった。
2階ホールから吹き抜けの明かり取りの窓を見る。ダークな窓枠と漆喰の壁が、上品で優しい雰囲気を醸し出す。
アイ.創建との出会い
--本日は取材をお引き受け下さいましてありがとうございます。建築当時を思い出していただき、アイ.創建を選んだきっかけや、家づくりの頃の思い出深い話題をお聞かせ下さい。
--実は、アイ.創建さんの事を知ったのは、日課にしている散歩の時なんです。たまたま散歩コースの途中に、アイ.創建さんの工事現場があって、少しずつ進んでいる工事を毎晩楽しみに眺めていたんです。あ、今日は外壁を塗っている、とか、雨どいをあんな風に隠すんだ、なんて二人でしゃべりながら(笑)。
N様はこの頃、お住まいを建て替えるにあたり、いろいろな会社を調べていた。しかし、自分たちに相応しい会社を決めるとなると、至難の業だった。なにしろ、住宅業界も百社百様。どの会社も特徴があるのだが、何を基準に選べば良いのか分かりにくい。ただ、毎日暮らす家だから、肌の触れる内装材には優しい天然の材料を使いたいとは考えていた。
--住まいは完成時に、100%の完全な状態である必要は無いと思うのです。最初は85くらいで、少しずつ100に向かって行ければ、それで良いと思うのです。不足分は、住みながら足す方が自然な気がします。それに、年月を感じる風合いの建物や家具って素敵ですよね。だから、初めから完全な新建材よりも、経年変化が楽しめる天然の素材を使いたかったのです。
そんなN様ご夫妻だから、散歩コースにあった工事現場に備え付けられた、アイ.創建のリーフレットを手に取り興味を持った。
--リーフレットに薪ストーブの写真があったんですね。新居には、薪ストーブを入れるつもりだったんですが、工事に慣れている会社が意外と少なくて困っていたんです。ところが、アイ.創建さんに問い合わせると、慣れている様でしたので、一度会社へ行ってみることにしたんです。
リーフレットに掲載された薪ストーブの写真。N様がアイ創建を訪問するきっかけとなった。
依頼するに至った理由
休日を利用して、N様ご夫妻は、アイ.創建本社のギャラリーLuminosaへ行った。車から降りて最初に目に留まったのが、そこで、長年飼っている亀の世話をしていた前社長。今でも現役の大工親方である。
--実はこの時に、こちらの会社にお願いしてもいいかなと思いました。だって、丁寧に亀の面倒を見ていらっしゃる方だったら、悪い方では無いでしょうから。それに、アイ.創建さんってその時も忙しくされていたんですけど、そんな時でもいつもと変りなく亀のお世話をされていらっしゃる。そこに懐の深さを感じたんでしょうね。
ゆっくりと丁寧な口調でお話しされるN様は、当時の事を懐かしんだ。因みに当の亀君は、現社長が小学生の時に祭りで買った、小さなミドリガメが成長したもの。20年以上もの付き合いだ。今回の契約、長年育ててくれたお礼、亀の恩返しといった所であろうか。
更にお願いしたいと感じた決め手は、第1回目のプレゼンテーション。無料にもかかわらず、ここまで丁寧な資料が出てくるとは、予想もしていなかった。
--人工的なCAD図面ではない、温かい雰囲気のする手書きの図面でした。まるで絵画のようで、タッチが住まいのコンセプトに調和して、とても素敵でした。
ハウスメーカーなど大半の会社では、コンピューターの中の図面集の中から引っ張り出して、初回のプレゼンテーションとして済ますのは周知の事実。イメージ写真も添えられた、アイ.創建のプレぜン資料を見て、新居のイメージがぐぐっと湧いてきた。
--当然、最初は不安もありましたけど、やはり皆さんとお話をして安心したからお願いしようと決めました。やはり最後は人ですね。
プレゼンテーション(参考例)。設計のコンセプトをお客様へ的確に伝えられるよう、イメージ写真やコメントが添えられている。
打ち合わせの思い出
プラン打ち合わせを終え、アイ.創建のOB様宅を見学し、清々しい空気環境であるのを再確認できた。契約まですんなり進んだ。
この後に控えるコーディネート打ち合わせ。奥様主体で一つ一つサンプルを確認しながら決めていった。
--この頃に一番に印象に残っているのが、設計の大塚さんが、石の屋根のサンプルを両手に提げて、家まで持ってきてくれたこと。パンフレットでも選べたのに、自然光にあてて実際に見た方がいいからと。サンプルも何種類もあるから、とても重かったと思います。そのお気持ちが嬉しかったですね。
その設計の大塚氏と奥様が時間を費やしたのが、玄関入って正面にある和室の、コーディネート打ち合わせ。主にお客様をお迎えするために計画した。真壁つくりで柱はヒノキの上小(ジョウコ)。床柱は杉の磨き丸太である。
その和室、ぐるりと見渡すと、格式ばった緊張感は無いが、随所に遊び心が感じられる。数寄を凝らした意匠と言って良いだろう。枠の無い太鼓張りの、上品なふすまの上には、松竹梅の絵柄の欄間が入っている。大塚氏が、大工親方に頼んで、倉庫に眠っていた欄間を提供したようだ。
更に、床の間に目を向けると、暗い和室の中で、床の間だけが柔らかく照らされ、浮かび上がっている。どうやら、天窓から壁を舐めるように落ちてくる自然光のせいらしい。基準法の関係で設置を余儀なくされた天窓が、思わぬ効果をもたらした。
床の間がほんのりと照らされ浮かび上がる。端正に切り取られた丸窓は、京都鷹峯・源光庵にある「悟りの窓」を彷彿とさせる。
アイ創建から提供された、松竹梅の欄間(一部)。
最高の贅沢
子供が成人した後に建てる住まいは、第2の人生のための住まいであると、世間一般では言われている。
恐らく、バリアフリー対応やら、2世帯同居といったテーマを掲げる、住宅メーカーのマーケティング戦略の影響なのであろう。
しかし、今回のN様のお住まいからは、そのような枠にはまった印象を全く受けなかった。ただそこにあるのは、自分たちの価値観を素直に表現した結果だけだった。
完璧さが内包する脆さを十分にご理解されていらっしゃるからこそ、新築時は不完全な状態を良しとする美学を、大切にされているのであろう。
庭に植えられたブナの木。北海道から苗木を取り寄せ、今では2階に届くあたりまで成長した。
ブナの木の周りの外構工事も、住みながらゆっくりと少しずつ手を入れる予定だ。
こんな慎ましい毎日こそが、最高の贅沢なのではないかと改めて感じた。
家づくりSTORY(秦野・N様)