2023.08.14

【特別インタビュー】普請道楽の真骨頂

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 真鶴の海岸沿いの道路から、曲がりくねった細くて急な坂道を、一息に駆け上がった高台にA様邸がある。
 眼下に見下ろす相模湾の右端には、伊豆半島が遠くまで伸びている。空気が澄んだ晴天の日には、伊豆諸島の遠くの島々まではっきりと見えるそうだ。
 大きな空と静かな海を眺めていると、時間が止まったような瞬間を迎える時がある。

 今回お会いしたA様ご夫妻は、今から12年ほど前に、都心からこの地へ移り住んだ。現在の年齢から逆算すると、移住を決断された当時は、40代半ばの働き盛りの頃だと思われる。
 贅沢この上ないこの風景を独り占めできる立地は、とても魅力的ではあるが、都会の生活と比べ、不便な点もいろいろとあるだろう。

 なぜ、この地を選んだのか。インタビューの中でその疑問は解決したが、それ以上に、立地の不便さなど微塵も感じさせない、アクティブな暮らしを展開されている事に感服した。
 誰もが将来の課題として考えるシニア世代の家づくり。今回のインタビューを通じて、このヒントや指針を探りたいと思う。

アーリーアメリカン調の建物外観。海と太陽があふれるこの地の風土に、調和している。

 

都心から地方への移住の理由

--本日はよろしくお願いします。12年前の建築当時の思い出やら、お住まいの住み心地、そして新しい土地で暮らすことなどについて、お聞かせいただければと思います。やはり最初にお聞きしたいのは、都心からなぜこの地へ移り住んだのかということです。

--はい。当時横浜に住んでいたのですが、何かと住みにくい点があり、住み替えやら建て替えなどをいろいろ検討していました。中古マンションからモデルハウスまで、思いつく選択肢はいくつもあたってみましたよ。そんな中、仕事で経験したある出来事がきっかけで、この場所へ移住することを決断したんです。

 A様ご主人が経験した出来事。それは、茨城県霞ケ浦のほとりに立つ、とある多国籍企業の工場を訪れた時のことである。その工場の窓から外に目をやると、そこからは、広大な霞ケ浦の水面が遠くにまで広がる眺望が開けていた。その雄大な景観に圧倒された。

 グローバルに展開する同社が、世界中で立地を決めるにあたって設けている選定基準がいくつかある。その中の一つが、「風光明媚な自然環境」。
 A様によれば、

--先端技術で世界をリードする同社は、研究員が創造力を存分に発揮するには、環境が大事であることをよく分かっている。だからあの地を選んだんでしょうね。新居の計画をしている最中に、この話を聞いて、あの広大な風景を目の当たりにしたもんだから、こんな風景が自宅からも欲しいという気持ちが日に日に沸き上がってしまった。気が付いたら他の選択肢はなくなっていましたね。それから、いくつか敷地を検討して今の土地に決まったわけです。

 この言葉には圧倒された。丁度人生の折り返し地点のあたりでの、新しい住まいの計画。大半の方は、老後の心配、例えば身体に生じるかもしれない不都合や、相続や同居といった子供との関係などを先ず第一に検討課題として挙げるだろう。
 しかし、A様は、創造力を発揮する風光明媚な眺望を、新居計画の唯一無比の条件とした。その他の課題を吹き飛ばすくらいの力強さを感じた。いや、その他の課題なんて、その時何とかすれば良いという余裕を感じた。胸のすくほど見事だ。
 お話を聴きながら、シニア世代の住まいを考えるにあたり、実は、このあたりに大切なヒントが隠されているのではと感じてきた

 

 

A様宅から望む相模湾。季節ごと、時間ごとに刻々と変わる海の表情を眺めながら、思索に耽ることもしばしば。

 

 

アイ.創建との出会い

 敷地が決まったA様ご夫妻は、早速いくつか住宅会社をあたり、その結果、小田原のとある会社で進めることに決めた。そんな最中に、勉強のつもりで、横浜で開催されていた別の会社の完成住宅見学会へ行ってみた。

--外断熱工法が当時珍しく、真冬に体験するために行きました。驚きました。あれを体験したら他の選択肢は消えますね。小田原の会社ができないという事だったので、申し訳なかったのですがお断りして、その外断熱の会社にお願いしようと思いました。でもその会社は、湯河原は遠くて工事ができない。途方にくれました。それから、湯河原周辺の技術力のありそうな会社を調べて、手当たり次第に「外断熱はできるか?」と電話しました。アイ.創建さんと出会ったのはその時です。

 A様によれば、当時は外断熱工法が珍しかったこともあってか、挑む気概のある会社が無きに等しかった。アイ.創建だけ唯一、二つ返事で「やりましょう。」という返事だった。それが嬉しかった。実際会って、「願いを託せる」と思った。細かい話はしていないが、物づくりの会社としての矜持を感じた。

 

真剣勝負の家づくりが始まる

 アイ.創建の平原社長によれば、建て主のA様は「普請道楽」の素質十分である。なにしろ、前社長である大工親方・平原末蔵を、その気にさせてしまった。社長の平原氏は言う。

--当社では、常に複数の現場が同時進行しているため、親方は各現場の要所要所に入り、一つの現場を最初から最後まで入ることは、原則ありません。ただ、A様宅の工事に限っては、一部始終に親方が入らせていただきました。恐らく、A様宅が最初で最後だと思います。

 A様宅の大工工事が、「大工泣かせ」の仕事だったのは、室内に木部が全面にわたって現しとなっていることから、容易に想像がつく。木部が常に目につくということは、大工の仕事のぐあいがさらされるということだ。そんな大工仕事は、他の職人に任せることはできない。親方が全てに入る決断を下したのは当然だった。
 A様は、木の風合いに包まれたカントリー調の内装仕上げを希望していた。その要望と外断熱工法を同時に実現するため、A様宅オリジナルの工法を考案した上で、アイ.創建は、設計と施工に取り組んだ。
 社長の平原氏が、続けて説明する。

--1階天井の床組みの見せ方や、細かいところの収め方などは、構造や工法に関わるところですので、こちらからご提案差し上げるところが多かったですね。A様ご自身でも調査を重ね、情報提供して下さり、まさに二人三脚で取り組んだ次第です。

 

柱、筋かい、そして床組みなど、構造材が室内に現れた、ユニークな工法。接合部の金物が不格好に見えない様、配慮がなされている。

 

 

普請道楽の真骨頂

 A様奥様によれば、家づくりの最中、ご主人は寝る間を惜しんで、ある研究に没頭していた。
 それは、新居に搭載したい温熱制御装置。これを独自に開発したかった。温熱制御装置と言っても、原理からして様々ある。夏冬両方の季節での性能発揮は当然のこと、初期投資費用とランニングコストとのバランスにも配慮する必要がある。結露という木造住宅の大敵への対抗措置も要する。  A様は結局、試行錯誤の上、その装置を考案の上、実現した。この完成度には、アイ.創建も脱帽だった。
 A様は、この装置の効果を検証するため、温湿度計で家の要所要所の状態を観察している。

--冬は、18℃から20℃、湿度は50%程度。夏は、26℃から28℃、湿度は55%程度で維持できています。光熱費は、前の家に比べて格段に落ちました。家庭用エアコンを採用していますので、将来の取り換えも簡単です。湿度調整にも配慮しましたが、何よりも天然の木をふんだんに使っていますので、彼らが湿気を吸ってくれているようです。

 当然、家全体を対象とするシステムであるため、部屋同士の温度差は一切なく、どの場所でも年中快適に過ごせるようだ。
 住宅業界でも、開発のしのぎを削っている制御装置を、空調の専門家では無いにも関わらず完成してしまった。普請道楽の真骨頂を垣間見えた。

床に設置した通気口。温熱制御装置で調整された空気が出てくる。

いつまでも変わらない風景

 完成から12年。「家が一番好き」と、ご夫婦とも、口をそろえる。
 完成後しばらくして、家づくりに関わった職人たちを招待して、相模湾を見下ろす広い庭でバーベキュー大会を開催した。A様のお友達も呼んで、総勢30人程にもなったようだ。
 平原社長は当時を振り返りながら言う。

--秦野からマイクロバスをチャーターして、職人を大勢連れて行きました。私自身、未熟で至らぬ点もあったと思うのですが、A様からご指導いただいて今があると思っています。あの時のバーベキュー大会はとても楽しかったですね。

 建て主が、工事関係者に感謝の気持ちを込めて新居に招待するのはよくある話だが、今回だけは、大きな仕事をやり遂げた仲間同士が、お互いの労をねぎらうような会だったのではと思った。
 12年前に集まった職人たちが見たのと同じ風景を、リビングから眺めながら、嬉しい気分になった。

工事関係者が一堂に会した、バーベキュー大会のようす。

 

 

家づくりの美学

 団塊の世代が70代に突入した。定年退職を迎えるグループは、その次の世代にシフトした。このグループは、高度成長を達成した豊かな時代の中で、自分らしさを表現することを重視した最初の世代だと言われている。
このグループに属するA様ご夫妻。お二人の話には、「次の人生の住み家」のヒントが、凝縮されている。
 人生の折り返し地点を迎えて、新たに新居を構えるにあたっての大切なことを、A様に教えていただいた。

--家の間取りを細かく検討することも大切かもしれませんが、これからの人生で、何年後には何があるかという事を想定した上で、計画的に考えることが何よりも大切です。
 例えば、5年もすれば孫が生まれるだろうから、遊ばせるためにこれを作っておこうとか、80歳あたりになるとあふれる物を処分するのも大変だろうから、60歳あたりから少しづつ物を減らそうとか、具体的に想定すれば、そこから家の計画の案が浮かぶんじゃないかな。

 実際、A様宅の間取りはとてもシンプルだ。そして、家全体が細かく仕切られていない。
 これから、長くつきあう住まい。新築当初の自分たちの好みやライフスタイルが、将来も変わらない保証はない。むしろ、家をその時その時の暮らし方に合わせた方がいい。シンプルに作れば、器が自分たちの暮らしに合わせてくれる。だからシンプルな器がいい。将来の計画を考え抜いたA様だからこそ行き着いた、明快な結論だった。

 A様ご夫妻の価値観は、シンプルな中に深みがある。
 自分らしさを表現することは、物や装飾ではなく、生き方そのものなのかもしれない。自分らしさを貫くから、将来への不安にも的確に準備ができる。だから、不安に恐れる前に今を楽しむ気持ちになれる。
 将来を計画的に考えるから、束縛されない自由を満喫できる暮らしができる。
 敷地選びから家づくりまで、自分らしさに一切の妥協を与えなかった、A様の家づくり。
 シニア世代の家づくりの、一つの美学がここにあった。

 

家づくりSTORY(湯河原A様)

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